第1回・1999年の後悔(2000年1月14日)
文・M.Sunabata

 2000年が始まって、巷はもう1900 年代の出来事を、遠い過去のような感覚になっ
ているが、レッズサポーターにとって、J2陥落を目の当たりにした試合からはほんの 1ヶ
月余りであり、その傷跡はまだ生々しい。

 あるサッカー雑誌では、あの日レッズサポ ーターが怒りを顕にしなかったことに対して、
「サポーターの退化だ」と嘆く論調が掲載 されていた。しかしあの場に居た人間として話を
したい。

 既にJ2落ちが解っていた延長戦で、虚無感に苛まれながらも、選手と共に意味のない勝
利の為に戦ったことは、並大抵の辛さではなかった。怒るという行為は悲しむということよ
りもエネルギーを必要とする。試合後のサポーターにはその余力など残っていなかった。怒
りという感情にすぐに移行出来る人間がいたとしたなら、試合中の応援に手を抜いていたと
しか思えない。またヨーロッパや南米でも、あのように降格に直面していたら、サポーター
は同じように悲しみに暮れていた だろう。試合後にサポーターは暴力的な行為ではなく、よ
り強い愛情をチームに示した。この試合のことはレッズを語る上で、決して忘 れてはいけな
い屈辱と誇りの歴史となるはずだ。

 気持ちが落ち着いた今では、サポーターは クラブ、殊にフロントに対して、責任を追求す
る動きをみせ、またチームのこれからのビジョンを問うたりもしている。この行動は今後のチ
ーム再建の為には大切な働きがけだと思う。

 だがあの日、サポーターはしなければいけなかったことを、総てやり尽くしたのだろうか。
確かにベンチも選手もサポーターも一体となって戦っていたことは、間違いないのだが...

 あの試合のスターティングメンバーに福田の名前はなかった。それが解った瞬間、スタジア
ムにはざわめきが起った。サポーターにとって、福田は苦しい局面を何とか打開してくれると
いう気持ちがある。そしてここ一番 という時に点を取ってくれる選手であることも事実だ。そ
の選手を監督が起用していないから騒然となったはずだ。しかも福田がピッ チに登場したのは
後半も残り10分。その後、サッカー雑誌を含め色々な人々が、福田の起用の仕方を巡り、監督
の采配に疑問を提している。

 サポーターは監督に「福田を出せ」とプレ ッシャーをかけるべきだったのではないだろうか。
もちろん選手交代は監督が決めることだ。しかしサポーターが声を大にして訴えていれば、福田
の交代が早まり、ゲームの結果は違っていたのかもしれない。せめてハーフタイムに福田コール
をしていれば...

 これはレッズだけのことではない。他チーム、代表の試合にも同じ事態が起こり得ることなの
だ。海外のサッカーを見ていて気が付くのは、状況に応じたサポートの仕方を、スタジアムに居
る人々はよく理解しているということだ。日本のサポーター文化が定着しつつある今、それを考
える時期が来ているのではないだろうか。

 レッズサポーターの1999年の後悔から、 何かを学んで欲しいと考えるのは、私だけで は
ないと思う。