第14回 The Way They Were 〜ユーゴVSスペインA〜(2000年7月30日)

                                 M.Sunabata

 手許の時計は、ロスタイム残り30秒を切ろうとしていた。スコアーは3-3。1次リー
グ突破のためには勝たなければならないスペインは、前線にロングボールを入れ、パワー
プレーに頼るしか手立てがなくなっていた。グァルディオラが入れたハイボールを、ユー
ゴDFに競り勝ったウルサイスが落す。そのボールを白いスパイクがダイレクトで捉えた。
アルフォンソの劇的な決勝ゴールが生まれた瞬間であった。


 ユーゴ対スペイン戦を振り返る時、きっとこのゴールのことを、人々は語り草にするだ
ろう。しかし私にとって、それ以上に心を掴んで放さないゴールがある。それはユーゴの
1点目、ミロセビッチのゴールだ。

 この試合を見るまで、私にとってミロセビッチはとても印象の薄い選手だった。名前は
一応知っている程度で、その前の2試合で3得点を挙げているにも拘わらず、いずれのゴ
ールも記憶に残っていない。

 ミロセビッチは186B、81Lと体格的に恵まれている。だが、突破するスピード、裏を
取る技術、ゴール前での的確なポジション取りというFWとしての要素に言及すると、ミ
ロセビッチはそこそこどれも持ち合わせているが、突出した物を今一つ感じられない。

 しかしドゥルロビッチのセンタリングにヘッドで合わせたゴールを見た時、抽象的な言
葉ではあるが、「風」を感じたのだ。高齢化の進んだユーゴチームに風穴を開ける、新し
い息吹とでも言えばいいだろうか。

 ミロセビッチがスペインのクラブでプレーを始めた頃、ミスロビッチと言われていた。
肝心な所でミスをしてしまうことを皮肉ってのことだ。しかしこの大会で得点を重ねるこ
とで、大きな自信をつけたのだろう。ミロセビッチの躍動感溢れるプレーには、「解放さ
れたマインド」を感じた。

 だがそれはミヤトビッチという看板FWがチームにいたことも、大きく影響している。
ミヤトビッチは昨年来、大きな怪我に悩まされ、一時の切れを失っている。しかし対戦相
手にすれば、最も警戒すべき選手であることには変わりはない。彼のDFを惑わす動きが、
ミロセビッチに自由を与えていたともいえる。ミロセビッチにとって、偉大なパートナー
が存在したことは、幸運であった。


 さてこの試合でもう一人気になる選手がいた。スペインのラウールである。

 スペイン選手が滞在していたホテルに私の友人が同宿していた。その友人の話では、ス
ペイン選手は試合前日でも、気軽にサインや写真撮影に応じてくれたが、ラウールは少し
ピリピリしており、気持ちの入れ込みが激しいタイプのようだと教えてくれた。実際に私
も、スタジアムに行く選手達にでくわしたが、リラックスした表情でサポーターの声援に
応える選手が多い中、ラウールは口を固く結び、前方だけを見据えてバスに乗り込む姿を
目にした。

 試合中も、中盤におりて球を捌いたり、ポストとなるプレーばかりが目立ち(監督から
要求されていた動きかもしれないが)、ゴール前での怖さがあまり感じられなかった。そ
の動きは型に押し込まれたように窮屈で、98年のW杯時のダイナミックで、ギラギラした
ナイフのような鋭さが、最後まで見られなかった。それはミロセビッチの伸びやかなプレ
ーとは、とても対照的であった。

 しかしラウールは23才にして、既にスペインを背負って立つストライカーである。コン
ビを組むアルフォンソはDFの背後のスペースに飛び込むことを得意としており、ラウー
ルは2列目におりる動きで囮になり、彼がプレーしやすくする役割も担っていた。だから
ミロセビッチと単純比較は出来ないが、それでもラウールには「不自由なマインド」を感
じずにはいられなかった。


 それは共に進んだ準々決勝のゲームで顕著になる。

 ユーゴはオランダと対戦し、ゲームをオランダに一方的に支配され、1-6と大敗を喫
した。だがユーゴが挙げた唯一の得点は、ミロセビッチのゴールによるものだった。ミロ
セビッチが得点を決めた時、ゲームの大勢が決まっており、オランダも流し気味のプレー
をしていたので、あまりユーゴサポーターの喜びは大きくなかった。確かに焼け石に水の
感は否めないが、この大会でコンスタントに得点を挙げたミロセビッチが、まさにユーゴ
を背負うFWに成長した証拠であり、今後につながる大事な得点だったように思うのだ。

 それに引き替え、スペインの準々決勝は、特にラウールにとって苦汁をなめる結果とな
る。

 スペインは試合終了寸前にPKを得る。フランスとの得点差は1。前のユーゴ戦でもロ
スタイムのPKからゲームを引っ繰り返したこともあり、このPKも逆転の序曲になるの
ではと、スペインサポーターはペナルティースポットに立ったラウールに期待を抱いた。
しかし私は、ラウールの気負い過ぎる性格ゆえに、彼が係る重圧から「マインドの解放」
を出来ないように思えた。そして案の定ラウールは、シュートを枠にさえ飛ばせず、PK
を失敗してしまった。


 サッカーは技術もさることながら、メンタルの部分が、勝敗を大きく分けることがまま
ある。そして選手は重圧から「マインドの解放」をした時、より高みに飛躍するのかもし
れない。

 Euro2000は、この二人のFWに様々なことを与えた。ミロセビッチには自信と得点王
のタイトルを、そしてラウールには屈辱の記憶を。しかしこの大会は、彼らのサッカー人
生に於いて、単なる通過点でしかない。二年後のW杯で、この大会で二人が見せたパフォ
ーマンスを、私達サッカーファンが懐かしく思えるように、彼らが順調に歩み続けてくれ
ることを祈っている。