第15回 サッカーと愛とコミュニケーション(2000年8月11日)

                                  M.Sunabata

  昨年の日本に於ける離婚件数は、22万2635件。およそ3分に1組の夫婦が別れてい
る。離婚原因で最も多いのが、「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」で、一般的に
言えば「性格の不一致」というのが主な理由だ。
 そして近年増加しているのが、「熟年夫婦の離婚」である。子供の結婚や夫の定年を機
に、妻から離婚を言い出すケースだ。妻からの唐突な「離婚宣告」に、夫は理由も解らず
当然困惑する。けれども妻の方は、夫婦の会話不足からくる様々な不満の蓄積があり、長
い時を掛けて時限爆弾のスイッチを入れるタイミングを見計らっていたという具合である。

 夫婦と言えど、元々別の個を持つ人間同士なのだから、性格が一致しないのは当り前の
ことで、離婚原因の本質ではない。問題は一緒に住んでいれば解り合えると思ってしまう
ことにあるのだろう。「あ・うん」の呼吸で夫婦が理解し合えるというのは幻想に過ぎな
いし、会話の介在しない人間関係とは薄ら氷のように壊れ易いものだ。と、友人に話した
ら、「でもサッカーではアイコンタクトで互いが解り合えるじゃないですか」と言われ、
例外の事象があるのかと妙に納得してしまったのだが…


 しかし本当にアイコンタクトだけで、互いのやりたいプレーが解るものだろうか。よく
選手が、「○○選手がボールを持った時に目が合ったので、信じてスペースに走ればボー
ルが来ると思いました。そしたらピッタリとボールが来て…」といった発言を耳にする。
 試合によっては一度や二度、何の前提もなく、互いの考えがシンクロすることがあるに
違いない。

 普段の生活にだって、友人や恋人と同じ事を考えていて、「今、同じ事を考えていたよ」
ってことはよくあることだ。だがそれはあくまで偶然であり、全ての考えが一致すること
は、まずあり得ない。

 偶然の要素でサッカーは成り立っているように見えるが、実は必然によって支えられて
いる部分が多い。
 例えば、マンチェスターユナイテッドのロイ・キーンは、ディフェンシブハーフの選手
だが、よく得点に絡む。その多くは左からのセンタリングにフォアサイドのゴール前に詰
めていて、ゴールをするパターンだ。昨シーズン、何度もこの形を見たし、それがマンチ
ェスターの得点の一つの特長だった。

 また先日、F・マリノス対アントラーズを観戦したの時、F・マリノス攻撃で、中村が
右サイドからクロスを入れ、柳が反対サイドのゴール前で相手と競い合うシーンがあった。
残念ながらこの試合で、柳のゴールは見られなかったものの、これこそF・マリノスの攻
めのパターンの一つなのである。今後の試合でも、同じようなシーンを見掛けることがあ
るはずだ。

 つまり偶然の産物というのではなく、日頃からこの形を何十回となく練習しているのだ。
毎日のパターン練習の繰り返しと、練習中に選手が互いのプレーに対し要求している点を
話し合う。それがあるからこそ本番の場で、出し手の選手が信じてボールが出せ、受け手
も信頼してボールの来るポイントに走ることが出来る。それ故に、「アイコンタクト」と
いう暗黙の了解が許されるのだ。


 しかし時として、試合中にプレーヤー同志の考えが合致しないことがある。その時は試
合中でも互いの意志を確認し合おうとする。時には怒鳴り合いにまでなることすらあり、
傍から見ていると驚くことがある。だがその行為が次のプレー、次の試合、延いては長い
シーズンの中で、一つの形となってつながっていくのである。そしてその積み重ねが、チ
ーム色を構築していくのだ。

 自由な発想から生まれる攻撃の形の裏には、それを表現する為のディシプリンがある。
日々の繰り返し練習とプレーに対する語り合いが、それを確かなものにしていく。決して
アイコンタクトは、単なる偶然によって相手の心を読む技ではない。選手同志の互いを理
解しようとする努力の結実であり、それが感動を沸き起こすプレーへと姿を変えて、私達
を楽しませているに外ならない。


 ところで、あなたは大切な人と語り合っていますか?