第19回  挫折から這い上がるダイスラー (2000年10月20日)

                                  M.Sunabata

 人生には挫折が付き物だ。それをどの様に乗り越えるかで、その人の生き様に輝きを与
える。 

 私がユーロ2000でドイツ対ポルトガルを見たのは、今後のドイツを担う若手の筆頭、
セバスチャン・ダイスラーを自分の目で見てみたいと思ったからだった。
 ダイスラーはまだ二十歳。182cm/71kgの大柄なMFだが、とてもボールタッチが
柔らかい天才肌の選手と聞いていた。ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンに所属していて、
ゲームメーカーとして活躍している。代表では右ウインクのポジションが彼の仕事場。た
が、ピクシーやベッカムのようにサイドからゲームを作る選手が注目される現代サッカー
に於て、彼もまたその才能を遺憾なく発揮してくれるのではと私は期待していた。

 ところがである。初戦のルーマニア戦をテレビ観戦していると、期待とは裏腹に、ゲー
ム中に所在なげにしている彼の姿が目に付いた。ボールが来ても、縦に突破をしてセンタ
リングに行くのでも、中にドリブルで相手陣内に侵入するでもなく、中途半端なプレーで
チャンスを潰していた。せめて若さを武器にして思い切りのよいプレーでもしてくれれば、
煌めきの片鱗ぐらいは見られるだろうにそれさえもない。
 守備はもっと酷かった。いくら攻撃が得意の選手とはいえ、ドイツ人らしいパワフルな
デイフェンスどころか、ポジションが対峙する相手選手を体を張って止めることもなく、
やすやすと突破を許していた。
 ただ、代表としての初の大舞台。相当な緊張感がダイスラーのプレーを堅くさせていた
のだろうかとは思った。それにしても彼に多少の失望を私は感じていた。


 現地入りの為、イングランド戦を見ることが出来ないまま、1次リーグの最終戦の対ポ
ルトガルを見た。ドイツはリーグ突破がかなり難しいところに追い込まれていた。だが可
能性がゼロになったわけではない。ドイツは必死の攻撃に出てくるはずだ。もう失うもの
がない状況なのだから、ダイスラーも積極的に攻撃に絡んでくると私は読んでいた。

 あぁ、しかしである。ドイツは攻撃的に来るどころか、サブメンバー中心のポルトガル
に翻弄されるばかり。それでも前半25分頃、ドイツにゲームの流れが傾いた時間があっ
た。その時にダイスラーはトップのヤンカーに2度、質の良いセンタリングを送った。だ
がそれだけだ。確かに良質のクロスではあったが、それまでの過程で、ハッとさせるよう
なアイディアがあったわけではないし、驚くほどスピードがあって正確なものだったわけ
でもない。彼の才能を推し量るには、あまりに平凡だった。ゲームの流れに乗れず、委縮
したプレー振りは変わっておらず、とうとう後半21分に交代となって、ダイスラーのユー
ロ2000はほろ苦いまま幕を閉じた。

 試合後に知ったのであるが、監督のリベックと選手の間には大きな溝が出来ていて、修
正出来ないほどにチーム内は険悪ムードになっていた。殊に初戦から浮き足だったプレー
をしていたダイスラーをリベック監督が使い続けることに、ベテラン選手は反発。ダイス
ラーはチームで孤立し「このままチームにいるより、国に帰りたい」と最終戦の前に洩らし
ていたと聞いた。精神的な弱さがあったといえばそうとも言えるが、若い選手がドイツの
不振を一身に背負わされては、無理からぬ発言だった。経験を自信に変えるどころか、自
信喪失で自分のプレーを見失ってしまうかもしれない…ダイスラーの今後に一抹の不安を
私は感じた。


 ダイスラーはユーロと同じポジションでW杯予選に出場していた。しかもちゃんとユー
ロでの経験を自分の糧にして。初戦のギリシャ戦で、前半17分にボーデがヘッドで落と
したボールを思いっ切りよく右足で決め、代表初ゴールをマークした。ユーロで批判を受
けた若者を信じて使ったフェラー監督は、飛び上がり喜びを露にした。ゴールで気持ちの
乗ったダイスラーに、ユーロの時のおどおどした姿はなかった。サイドから積極果敢に攻
撃参加し、ユーロ時のショル一辺倒になりがちなドイツの攻撃に幅を持たせた。

 また因縁のイングランド戦。ボディーコンタクトに強い相手とのタフな戦いであり、サ
イドの主導権争いをどちらが制するかが鍵となる試合であった。左から攻撃参加を試みる
イングランドのルソーに、ユニフォームを泥だらけにしながら諦めずにデイフェンスする
ダイスラー。攻撃参加もギリシャ戦より格段にアップし、ルソーをディフェンスに奔走さ
せた。
 ダイスラーとルソーのサイドを制する綱引きはダイスラーに凱歌があがった。ダイスラ
ーのプレーから、一時のドイツが失っていると言われた「ゲルマン魂」が宿っていること
を強く感じたのであった。


 若手の選手が勝利を重ねる度に成長していく姿を見ることはよくある。でも挫折から這
い上がり、短期間に成長することは容易いことではない。だがダイスラーはそれをやり遂
げ、仄かにだが煌めき始めた。

 ひ弱だった青年は、ドイツチームの一員としてようやく溶け込んだ。しかし高齢化して
いるドイツ代表は、遅かれ早かれ転換しなければならない時期を迎える。様々な栄光と挫
折にまみえながら、代表の中心選手となっていくだろうダイスラー。どんな彩りのサッカ
ー人生を歩むのだろうか。