第21回  アントラーズの強み (2000年12月1日)

                                 M.Sunabata

  8月にアントラーズの広報・野見山さんから話を聞いたことがあった。
 アントラーズが日本リーグ2部の住友金属時代、ジーコにオーファーを出すとそれを快
諾したことで、「偉大なプレーヤーがやって来る。こりゃ大変だ」とチームは大騒ぎにな
った。サッカーをあまり知らない地元住民は、ジーコを事故と聞き違えをして、「住金は
大変なことになったらしい」と、今では笑い話のような噂になったと、野見山さんは当時
を懐かしむように話されていた。
 ジーコの偉大さを知らなかったのは住民だけでなく、住友金属の幹部の方にもおり、入
団会見場を都内のホテルで行うことに、「社員食堂では駄目なのか?」と話された人もい
たとお聞きした。

 当時の住金の練習場にはシャワーこそあれ温水は出ないし、シャワー室に行く通路も滑
りやすい状態だった。ジーコが滑り易い通路について苦言を呈した。チーム側は通路を補
修するのは相当の経費がかかるので難しいと弁明すると、ジーコは、「クラブの一番の財
産は選手であり怪我をさせてはいけない。ゴムマットなどを敷くなどして対応すればいい。
お金ではなく要はその心遣いが大事なんだ」と切に訴えたという。
 住金は日本リーグでの歴史が浅く、そのノウハウの蓄積もなかった。逆にそのことがジ
ーコの語るプロとしての在り方やクラブ経営の姿勢を、謙虚に聞き、チームに還元出来た
のではないかと思う。その姿はアントラーズとなった今も綿々と培われている。

 今回の2ndステージ優勝の原動力は若手選手の台頭であった。今シーズン、奥野、阿
部、室井、増田といった実績のある選手を放出し、チーム力が落ちるのではないかと思わ
れた。しかしアントラーズは若手育成に対するポリシーがあった。
 入団から3年まではプロでプレーする基礎を植え付け、4、5年目はレギュラークラス
と競い合わせて、チームを活性化させる。若手が頭角を表す頃は、同ポジションのレギュ
ラークラスの選手が2、3年は移籍先でも活躍出来る余力を残して序所に移行することを
目標に動いている。
 野見山さんは、「今年はシドニー五輪もあってハードルを潜らせる格好になってしまっ
た」と若手選手のことを評していたが、シドニー五輪は若手選手に厳しい環境を与え、著
しい成長を促した。五輪代表に多くの選手を預けているアントラーズにとっても、選手の
成長により、財産を増やす結果となったのは言うまでもない。

 レイソル戦の延長後半になると、アントラーズはマイボールになると早目に前線にボー
ルを送り、コーナー付近でボールをキープし時間稼ぎをしてゲーム終了のホイッスルを待
った。勿論、監督の指示があった。更に守りに入ることをより浸透させる為に、残り3分
に本田投入するというベンチの徹底振りが目を引いた。
 スタジアムを後にする人々(多分どちらのサポーターでない人)は、あれがリーグ戦で
タイトルを取る為の正しいやり方だと理解しながらも、釈然としないということを口々に
していた。ゴールによって勝敗が決した方が、壮快感はあるには違いない。

 だがタイトルを手にするには引き分けでOKというアドバンテージを活かすことは、プ
ロとして当然の戦い方だ。むしろ守り入るべき時間だというベンチのコンセプトを選手全
員がきっちり理解し、それを忠実に遂行出来ることがアントラーズの凄さだ。単に守り切
ると言っても、チームのコンセンサスがしっかりしていなければ、容易いことではない。
 野見山さんの話や柏戦での戦い振りを見るにつけ、ジーコが浸透させた高いプロ意識を、
フロント、ベンチ、選手が共に持ち続けられることがアントラーズの最大の強みだと感じ
た。