第24回 ラツィオの「赤き刺客」(2001年5月12日)

                                M.Sunabata

 現在、セリエAでローマを追撃するラツィオを、チェコの「赤き刺客」が支えている。
 威力溢れる縦突破とスピードのある鋭いセンタリングが魅力のポボルスキー。
 そしてもう一人、ドリブルをしながら内に切れ込み、周りの選手を巧みに使いながら相
手ゴール前を脅かすネドベド。
 しかしここラツィオでプレーする二人のサッカー人生は、光と陰が交錯している。


 赤を基調とするチームカラーのチェコが、世間の注目を集めたのは、ユーロ96での快進
撃だった。
 96年のチェコは、ほぼ全員が自陣で守りを固め、チャンスと見るとスピードある選手を
走らせてのリアクションサッカーを展開した。76年に優勝(当時はチェコスロバキア)し
て以来の決勝進出を図り、決勝ではドイツにVゴールを許し、優勝を逃してしまったが、
闘志の溢れるチームだった。
 日本ではあまり評判がよくなかったが、その徹底した闘い振りと芸術的なカウンターに、
私はとても心引かれた。

  その中でも、やはり目を引いたのはポボルスキーとネドベドの両選手だった。
 ネドベドは小柄だけれど、中盤で守備に攻撃にひたむきに動くチームのダイナモだった。
しかしそのプレーは今ほど派手ではなく地味な役回。
 それに比べポボルスキーは、登り龍だったチェコを象徴するような存在だった。閃光の
ように敵陣を疾走し、ボールを操るテクニックと柔らかさ。この大会切っての「華」であ
った。勿論、ヨーロッパ強豪クラブのスカウト達が、そのプレーに一目を置いたのはいう
までもない。


 ユーロ96終了後、チェコリーグに籍を置いていた二人に、当然のように移籍話が持ち上
る。ポボルスキーは95-96シーズンも優勝を飾った、プレミアリーグの雄、マンチェター
・ユナイッテドへ。ネドベドはビッククラブとは言え、23年間もリーグ優勝から遠ざかっ
ているラツィオに移籍。共に海外に活躍の場を移していった。
 ところが二人を持ち受けていたのは、全然別のものであった。

 ポボルスキーの所属したマンチェスター・ユナイテッドは選手層が厚く、ポボルスキー
は単なる控えの駒でしかなかった。リーグ優勝を成すチームにいながらも、その栄光の輪
から、一歩離れたような位置にいる。私はポボルスキーにそんな淋しげな印象を受けてい
た。
 しかしポボルスキーがマンチェスター・ユナイテッドの一員として、レッズと親善試合
した日のことを、私ははっきりと覚えている。
 ポボルスキーが右サイドを駆け上り、ブッフバルトと競り合った時のことだ。ブッフバ
ルトはユーロ96には出ていないが、ドイツ有数のDFの一人である。ポボルスキーにもチ
ェコ代表としての意地があったであろう。二人の身体の接触、いや誇りのぶつかり合いの、
「ガシッ」っという鈍い音が、駒場スタジアムの立ち見席まで聞こえたのだ。こんなこ
とは後にも先にもなかった。才能は枯渇してはいない、今のポボルスキーは伏龍なのだと
悟った。
 それでもやはりマンチェスタ・ユナイテッドでは活躍する機会を与えられぬまま、ベン
フィカに移籍をしていく。

 ラツィオに活躍の舞台を移したネドベドは、いかんなくその才能を花咲かせる。恵まれ
た体格ではないにも拘わらず、人一倍ハードな練習と強靭な精神力で身体を作り、ボディ
ーコンタクトの激しいイタリアリーグでも、決して当たり負けしない。献身的な動きも健
在。そして視野の広さを遺憾なく発揮し、周囲を使うパス、またはシュートにと躍動する。
 98ー99年シーズンのUEFAカップでは決勝点を叩き出しチームにタイトルにもたら
しただけでなく、昨シーズンはラツィオのリーグ優勝に多いに貢献。ネドベドはラツィオ
の顔となった。


 二人はそんな変遷を辿り、チェコ代表としてユーロ2000のピッチに立った。
 ユーロ96で躍進したチェコ選手の多くは、ポボルスキーやネドベド同様、国内リーグを
離れ、海外のチームでその技術を磨いていた。その成果といえるだろう、ユーロ96のチー
ムとは格段の成長を見せていた。単に守り一辺倒のチームではなく、ショートパスで相手
を崩し、スピードあるサイドの選手、長身のFWを活かした攻撃的なチームになっていた。

 そういったチームにあって、ネドベドの放つ光は強烈で、彼のチームと言っても過言で
はなかった。相手選手に手厳しいマークを受けて、足を引き摺るほど傷付きながらも、決
して勝負を諦めない。その姿は神々しかった。
 朋友の中で試合をする心地良さからか、ポボルスキーも伸び伸びとしたプレーを披露。
圧巻だったのは、デンマーク戦でのプレー。中央にいたポボルスキーが味方のボールを預
けて、右サイドに開いて縦突破。リターンのボールは大きく、間に合いそうには見えなか
った…ところが、ボールがラインを割るぎりぎりの所で追いつき、すぐさま弾道の低いセ
ンタリングを上げ、スミチェルのゴールを演出した。

 けれどもチェコは1次リーグで姿を消した。グループには開催国・オランダ、W杯優勝
国・フランス、古豪・デンマークと厳しいリーグ。オランダ戦では、微妙なPKの判定に
泣かされ、フランスには互角に渡り合うも「あと一歩」が届かず、デンマーク戦でようや
く勝利するのが精一杯だった。
 96年のチームよりも遥かに良質なサッカーしながらも、サッカーの女神はネドベドとポ
ボルスキーの活躍に報いることはなかった。


 今シーズン、セリエAのディフェンディングチャンピオンとして、リーグ戦に臨んだラ
ツィオであったが、そのスタートははかばかしいものではなかった。シーズン途中での監
督交代。しかし中途移籍でポボルスキーを獲得した頃から、チームが好転し始めた。そし
て現在、勝ち点7差でトップのローマを追う。
 ローマは同郷のライバルチーム。ラツィオにとって、どこよりもスクデットを奪われた
くないチームである。残り試合数も少なく、勝ち点7差をひっくり返すのは困難を極める。
それでも「赤き刺客」はローマを討伐する為に、ピッチを駆け巡る。