第26回 放送ブースからサッカーを語る人(2001年6月14日)

                                   M.Sunabata

 サッカーのテレビ中継を見ていて、気になることと言えば、ブラウン管を通じてそのゲ
ームの「熱気」を伝えるアナウンサーの質ではないだろうか。
 サッカーはボールの動きや選手の躍動を現場で見ていさいすれば、ゲームの面白さは理
解されるものではあるが、テレビという媒体が介在する場合、それを語るアナウンサーの
良し悪しで、そのゲームの深みが変わってしまうことは多々ある。


 実況アナウンサーの人気投票で確固たる地位を築いている、NHKの山本浩アナウンサ
ーから、「スポーツ(サッカー)実況論」の話をお聞きし、実況アナウンサーについて学
ぶ機会を得ることが出来た。

 まず「実況」することはどういうことか。それは動くものや変化する物事を言葉で伝え
るということである。だから動かない物を実況することは出来ない。
 例えば山を前にして、その山を実況をするということは、噴火でもしていない限り困難
を極める。
 そういう場合、山を取り巻く環境、雲であるとか、風に吹かれる木々のざわめき、鳥の
飛び立つ姿など、視野の変化を捉えてその物を伝える、見たり聞いたりする者の心の動向
を伝えることで「山」を語っていくことが可能だということだ。


 さてサッカー実況をするということはどういうことだろう。

 アナウンサーがゲームを伝える為に視点を置くのは、基点となるライン・フラッグ・ゴ
ール・ベンチとピッチサイドの物、選手・レフェリー・監督といった人、目には見えない
時間・得点・チーム名といった事柄である。

 サッカーは実況する対象物としては変化が伴う物であるからさしたる困難な事象ではな
い。
 しかしサッカーの中継はその動きの瞬間の連続であるから、画面に見えるもの、見えに
くいもの、見えないもの(映らないもの)、全く見えないものが存在する。

 見えるものと言えば、画像で視聴者が受け取るものだ。画面に映っている選手の動きや
ボールの動きは、ことさら説明はいらない事象なので、短く歯切れよくリズムに乗って語
ることが大切になってくる。
 例えば、「アレックス、ドリブルで仕掛ける」「DFを抜いてセンタリング」「中でバ
ロンが待つ」「ヘディングでシュート」という具合である。
 その抑揚を出す為に、大きな声、高い声、ゆっくりと話す、ポーズを取る、繰り返すの
要素を使い分けている。

 見えにくいもの、見えないものは、そのシーンを画面が切り取ってしまって映らない事
象である。画面に映っていない場所でフリーランニングする選手をしっかりと把握してい
なければ、その選手が次のシーンで画面に登場した時に反応が出来なくなってしまうから
である。もしそれが次の瞬間に重要な役割を担うならば、視聴者に伝えなければいけなく
なる。用意を怠るわけにはいかない。

 そして全く見えないものとしては時間やデータといったものがある。時間の経過・選手
の怪我・カード・両チームの対戦成績・スタジアムに於ける成績など、そのゲームを左右
する要因を含む情報を視聴者に知らせることもアナウンサーの役割なのである。
 時間の経過にしても、単に○○分ですという内容ばかりではなく、「名良橋選手は3度
目の上がりです」ということで、見る側に時間の流れを感じさせるようにするのである。

 それからカメラワークと密接な関係があるのだが、ただ「柳澤」というのではなく、事
前に知った情報を駆使して「腰の悪い柳澤」と伝えることで、柳澤が倒れた場合に腰をア
ップにすることでその状況をより解りやすく映像化することも出来るわけである。
 またゴール前でFWがパスに反応出来なかったとすると、FWがパスへの反応が遅れた
場合はFWについてコメントをすれば、カメラはFWの選手を捉え、パスの出してのミス
があればパスの出し手に付いて述べれば、カメラはパス出しした選手を映し出すことで、
その因果関係を視聴者は知ることが出来るのである。

 それにVTRの再生中はピッチに目を向けて、視聴者が見ることが出来ないシーンを伝
えられる用意をしておく。

 サッカー中継はボールのある位置で伝える事柄も変わってくる。DFがボールをゆっく
り動かしている場合は様々な情報を伝え、攻撃側がゴール前に入ってくると、そのボール
の流れの実況だけになる。中盤でのパス回しではその両方がミックスする。アウト・オブ
・プレー(怪我、交代)の時は情報を伝えることとなる。


 それ以外にアナウンサーには「フレームサイズを変える」ということも実況の幅を広げ
て視聴者に別の情報を与えることも出来る。
 
 チャンピオンシップでPKの場面でジーコがつばを吐いたことがあったが、ジーコを非
難することは簡単である。しかしその背景には何があるのかを知っていることも実況内容
を変える要素になり得る。
 あのシーンはジーコが主審に対して抗議の意味でしたことは否めないのであるが、ブラ
ジルではPKを外す「おまじない」としてあのような行為をすることもあるのだそうだ。
それを知っていれば、視聴者に違った視点で物事を語ることも出来る。


 さてサッカー中継には実況するアナウンサーと共になくてはならないのが、解説者であ
る。解説者から技術や戦術、ベンチワークなどゲームに関する情報を引き出すこともアナ
ウンサーの重要な仕事でもある。解説者と会話することで、視聴者が知りたいであろう情
報を聞いたり、解説者が語りたい情報をアナウンサーが水を向けるのである。解説者の人
柄を考慮した放送を手掛けるのもアナウンサーの重大な仕事である。

 例を出すと、木村和司氏はどちらかというと口の重い解説者である。交代でDFが投入
されたとして、ディフェンスが安定したとする。「○○選手が投入されたことで、ディフ
ェンスが安定しましたね」とアナウンサーが結論を言ってしまうと、「そうですね」とな
ってしまい多くを語らなくなってしまう。
 だから「○○選手が入ったことで、ディフェンスはどうなったのでしょうか?」とアナ
ウンサーが訊ねることで、木村氏は「××選手に対する上がりを○○選手が上手く押さえ
てますね。監督のディフェンス修正が成功しています」と語らせることになり、より多く
の情報を視聴者が手にすることが出来ることとなるのだ。

 解説者には得意な分野がある。例に出した木村氏は中盤の攻防が注目される試合には、
自らの経験を生かし多くの情報を提供してくれる。また若手の育成やシステムについて詳
しい人、交代などのベンチワークの機微に敏感に反応出来る者、対戦カードに依っては実
力差があって、ともすると展開が読めてしまいそうなゲームでも視聴者の興味を引き付け
ることが出来る人物と、様々な性質の解説者とアナウンサーはコンビを組む。その解説者
の話術を視聴者に楽しんでもらうこともアナウンサーの力量に懸かってくるのである。


 そして実況を手掛けることで一番大切なのは、視聴者にそのゲームの温度を体験しても
らうことである。実況する側がゲームの温度をわきまえて、自分が熱くなるのではなく、
視聴者が熱くなれるような放送することが最大の任務なのである。


 山本アナウンサーはサッカー実況者であると同時に、放送ブースから日本代表と一緒に
闘ってきた人でもある。あの語り口からは想像できないが、「ドーハの悲劇」の時は言葉
を失いそうになりながら、アナウンサーという立場からなんとか言葉を紡ぎだそうと苦し
んだことも、ジョホールバルのVゴールの瞬間には我を忘れて視聴者と歓びを分かち合っ
たこともある、熱きサッカーサポーターなのである。

 余談ではあるが、この会合の後の飲み会で語っていた一言が忘れられない。「どんなこ
とがあっても、皆さんは日本代表を応援し続けて下さい。皆さんの応援が日本代表を支え
ているのです」。