第31回 「和製ベッカム」とは呼ばせない (2001年10月30日)

                                 M.Sunabata

 小雨のなか行なわれたFC東京対ジュビロ戦を観戦していて、ある選手の成長を肌で感
じた。その選手とは、サポーターから「由紀彦」と絶大な愛情を注がれている、FC東京
の佐藤由紀彦である。


 私が佐藤に初めて目を止めたのは、あるサッカー雑誌の人気選手ランキング欄であった。

 佐藤が高校サッカー選手権で清水商業の優勝に貢献したことは知っていたし、高校卒業
後は地元・エスパルスに入団して、大きな期待掛けられていることも耳にしていた。ただ
私は直にプレーを見る機会には恵まれじまいであった。

 先に挙げた雑誌は女子中高生をターゲットに絞っており、プレー経験の少ない読者層に
サッカーを優しく解説し、選手のプライベートの話題を中心にして、より身近に感じても
らえるように構成されている。読者が選ぶ人気ランキングで、佐藤は常連であり、しかも
毎号トップをキープしていた。

 にも拘わらず、エスパルスでさしたる成績も残せず、不遇の時を過ごす。エスパルスで
の3年間、リーグ出場は95、96年シーズンに1度づつ。97年はナビスコ杯2試合、
天皇杯1試合の記録しか残してはいない。

 「持ち上げられた高校選手権のアイドル」。決して若い女性に人気があることを否定す
るものではないし、マーケティングの観点から、ルックスがいいことは人気商売であるプ
ロ選手としては重要なことでもある。 ただサッカー選手として考えた時、リーグ出場の
ままならないのに人気ばかりが先行してしまう佐藤へ、正直私は苦虫を潰したような嫌気
を感じていた。


 98年、佐藤は出場の機会を求めて、当時JFLだった山形にレンタルで移籍する。雑
誌で佐藤を見受ける機会はなくなっていったが、遅蒔きながらその才能は開花しようとし
ていた。山形ではベストイレブン並びに新人王といった個人タイトルを獲得。それを認め
られる形でJ2のFC東京へレンタル移籍。

 FC東京サポーターの知人らが「真っ直ぐにしか飛ばないCK」と佐藤のキックを揶揄
する語りの中にも、佐藤に向ける愛情がほとばしるのを感じ、佐藤が「いるべき場所」を
見つけたことは伺い知れた。 

 FC東京は念願のJ1昇格を果たし、翌年佐藤はFC東京に完全移籍の運びとなった。


 それにより、私はJ1に上ったFC東京の試合を実際に見たりテレビで観戦することで、
佐藤のプレーを確かめることとなる。スピードに乗った縦への突破は魅力ではあるが、セ
ンタリングはさほど正確なわけではないし、ゲーム中に軽いプレーが見受けられる。いわ
ゆるどこにでもいそうな平均点クラスの選手で、怖さは微塵も感じなかった。

 その佐藤の印象は、今年のJ1リーグ・ファーストステージのレッズ戦で見た時にも、
あまり変わりはなかった。


 だがセカンドステージの東京スタジアムで行なわれたレッズ戦で佐藤のプレーを見た折、
それまで私の佐藤に対して感じていたネガティブな考えが、氷解するのを感じていた。

 同点弾となったゴール前での判断の良さはさることながら、思い切りのあるシュート。
後半戦に何度か見せたゴールライン際でレッズDFと対峙しながらの粘りのあるプレー。
FC東京の3点目を演出した場面は、今の佐藤の実力の集大成のようなプレーだと、知ら
ず知らず認めていた。


 ジュビロ戦での佐藤のOPTAを紐解いてみると、727ポイントでチーム内では上から
4番目のポイントを叩いているが、前3節いずれも佐藤は1000ポイント以上のデータが
残しているので、記録上は低調だったと言える。

 ところが見る側としての私が受けたインパクトは、不思議と違っている。この試合、佐
藤の放った僅か1本のシュートは、力強く頭に残っている。スピード感溢れるドリブルも、
鉄壁を誇るジュビロDFをしても十分通用し、相手に泡を喰わせている。その証拠に加賀
見のゴールは右を突破した佐藤のセンタリングによるものだった。


 怖い選手とは、始終ゲーム内で活躍しているわけではない。鳴りを潜めていてもゴール
のシーンには必ず絡んでくる。だからこそ相手は、そこはかとした言い知れない戦慄を覚
える。

 グランパスから福田が移籍してきたことで、佐藤はゴールへの意識を高め、更には代表
候補に選出されたことで、高みに登ろうとする欲求が増した。佐藤は平均点の選手から、
他チームに恐れられる選手へと脱皮しようとしている。

 漱石の−こころ−に「向上心のないやつはばかだ」というフレーズがある。けれど向上
心を持つことは案外容易い。例えば英語を上手くなろうと思う心も向上心と言える。向上
心を持つことよりも、目的にアプローチする努力をし続けることこそ難しい。

 エスパルス、山形、そしてFC東京と佐藤は渡り歩く中、結果を残しながら向上してい
る。佐藤は努力の過程でただのお飾りではなく、実もあるFC東京のアイドルになっていっ
た。その佐藤のプレーを注目する人は多くなっている。プレーに基づいた人気は佐藤を裏
切らない。

 マスコミが「和製ベッカム」と佐藤を称することがある。ベッカムとは同じポジション
だが、曲がるボールを蹴れない佐藤を、ベッカムになぞるなどおこがましいと私は思って
いる。

 しかし佐藤が常に向上心を持ち努力し続けることが出来るなら、きっと佐藤だけの「別
の呼称」を手にするはずだ。