第36回    簡単であること  (2002.5.16)

                                 M.Sunabata

 9ボールという競技をご存じだろうか?かく言う私、ビリヤードなど1度もやったこと
がなく、ゲームのルールなど全く知らないのではありますが…9ボールはビリヤードでは
もっともポピュラーであり、映画「ハスラー」でお馴染な競技法。

 ルールを簡単に説明すると、升の中に9個のボールを菱形に収め(1番ボールをフット
スポットに置き、9番ボールは菱形の中心に設置する決まり。その他は位置に特定の規定
なし)、白いボールでテーブル上の最小番号に当てて、順次的球をポケット(穴)し、9
番ボールを落とした人が勝者となるゲーム。ミスやファウルによりショット権が別の人に
移動する。素人の場合は何人かで楽しむこともあるようだが、プロの試合で1対1の勝負
するのを見かけた方もいるではないだろうか。ルールを見てみると必ずしも1番のボール
から順番に落とす必要はないらしいのだけれど、白いショットボールは必ずテーブルにあ
る若い番号の球に順次当てなければならない。

 なぜ知りもしないビリヤードの話を始めたかと言うと、先日プロとして活躍している梶
谷景美さんのインタビューを、たまたまテレビで見かけたことからだ。

 ビリヤードというと心理ゲームの要素が高いスポーツ。例えばどのボールに当てて別の
ボールをポケットに落とすか、また次の若い球に白いボールを当てるにはどの位置にもっ
ていったら有利なのか、戦略を練り、瞬時にゲームを組み立てを変更していくのだ。ちょ
っとしたショットのブレや狙ったボールへの当たりで戦況は刻々と変わっていく。つまり
技術とボールの転がりで、プレーヤの手元には心理的なプレッシャーが掛かってくるのだ。

 番組を見ながら私はサッカーに共通するものを感じてしまった。ポケットをゴール、シ
ョットボールをサッカーボールに、そしてボールを人に例えて先の文章を読めば、誰にパ
スをしてゴールを落とすか、どの位置にボールをトラップすれば次のパスにスムーズに移
れるのかと、言い換えられる気がしません?

 私はサッカーに置き換えながら梶谷さんのインタビューを聞いていて、心に引っかかっ
た言葉があった。それは「簡単なショットをどれだけ簡単にするか」という下り。梶谷さ
んが言うには技術力がなかった頃は、思い掛けない場所にショットボールいってしまい、
次のボールを当てるには難しいショットを強いられてしまうことが多々あったようだ。勿
論、彼女がプロとしてやってこれたのは、駆け出し時代にそういった場面でスーパーショ
ットの決定率が高かったからで、今では技術も向上し経験を積むんだことにより、いい位
置にショットボールを着けて次のプレーが簡単なショットですむようになっているとのこ
と。ただスーパーショット下手になってしまったと笑っていた。


 ちょっと説明が長くなってしまったが、なぜ「簡単なショットをどれだけ簡単にするか」
という言葉に反応したかというと、同じ頃に福田が似たことを話していたからだった。福
田は「簡単なゴールを簡単にゴールしたい」そう語っていたのだ。

 今シーズン、福田は2つのゴールを挙げている。リーグの仙台戦とナビスコ杯名古屋戦
(アウェイ)。ともにGKの鼻先でボールに触りゴールを決めている。ビューティフルゴ
ールではないが、相手にとっては嫌らしいところを突いていた。

 Jリーグが始まった頃、福田は「美しいゴールにこだわっている」と言っていたのを聞
いたことがあった。相手を躱して豪快なシュートによる得点。そんな福田が95年に得点
王を獲得した際、ベストゴールとして挙げたのは第23節の名古屋戦で挙げた2点目。自陣
からのバインのロングボールを決めたものだ。背後から来るボールを、左足のふくらはぎ
トラップ一発で相手を振り切ってゴール。スピードを緩めることなくゴールに迫る一連の
動作は、流れるような美しさであり、ダイレクトプレーのお手本と言える得点であった。

 そんな福田もいつしか「泥臭いゴールにこだわりたい」と発言が変化している。97年の
ことだったと思う。バインの去った96年シーズンは怪我などもあり、思ったようなプレー
は出来なかった。そして迎えた翌シーズンにベギリスタインという新たなパートナーを得
たことが、福田に大きな変化をもたらしたのではないかと思う。

 ベギリスタインは左に開いてゴール前に低いアーリークロスを入れることが得意だった。
そのクロスに点で併せることが福田の役目となる。点で併せるということは、足だけにこ
だわらず身体のどこに当ようとも得点をするということだ。つまりバインがいた時と違い、
パスを受けてから自分がボールを保持する時間が極端に減る。相手DFの網をかいくぐり、
相手より先にボールにタッチする為の場所をいち早く判断するこが必要となった。ゴール
前での一瞬の駆け引き、その面白さに福田は自分の新たな可能性を感じて「泥臭い…」と
表現したのかもしれない。

 それでも99年シーズン第10節の清水戦で挙げたゴールには思い入れがあった。小野から
のスルーパスに鋭く反応しての得点である。福田が長い距離をスピードに乗って駆け抜け
た末のゴール。

 だが以後、こういった福田のプレーを見ていない。なぜなら福田はこの2年間、ピッチ
に立つ機会が激減していた。ベテランと言われる選手にとって、2年のブランクはかなり
のダメージである。福田にとって、スピードに任せて走る時代は既に終焉していた。

 オフト監督が就任して、開幕から常に福田はスタメンに名を連ねている。福田のポジシ
ョンは2列目で、FWはエメルソンとトゥットの快速2トップに譲っている。2列目とな
ると明らかにFWよりはシュートシーンは少なくなる。だが福田はチームを陰から支えな
がらも、今でもゴールを陥れることへの情熱は失っていない。その為に福田はポジショニ
ングの質にこだわりを見せている。プレーをシンプルにし、前線に上がる数少ないチャン
スに、簡単にゴール出来る場所はどこか…今期の福田のゴールは、経験則からゴールを奪
う最短のポイントを確信していた結果のように思えた。


 前述した梶谷さんが円熟味を増し、無駄をなくした技術で「より簡単なショット」を目
指すように、簡素な動きと経験がなすポジション取りで「より簡単なゴール」を心掛ける
福田。棲む世界は違えど、研ぎ澄まされた感性と自信は、二人に「簡単であること」を求
めさせて止まない。