第37回 華はなくともニッキー・バット 〜vsアルゼンチンから〜(2002.7.3)

                                 M.Sunabata

 俺の名前はニッキー・バット。イングランド代表でポジションはディフェンシブハーフ。
所属チームのマンチェスターUでも同ポジション。でもさ、同僚で代表のスコールズや、
アイルランド代表のロイ・キーン(そういやW杯前に母国に戻っちゃったんだって!?)
の陰に隠れがちな存在なんだ。それに01−02シーズンにはアルゼンチン代表のベーロン
も加入し、なかなか試合に出られないんだけど…

 それでもさ、マンチェスターUの監督・アレックス・ファーガソンが俺のことを放さな
い。勿論ベッカムと一緒で、ちっちゃな頃からマンチェスターUで育った子飼の選手であ
ることも一因だけど、気質が真面目で頑張り屋であることを高く評価してくれる。嘘だと
思うなら、アレックスの日記を読んでみてよ。

 しっかし凄いよなぁー、札幌だっていうのにまるでウエンブリーにいるみたいに、大断
幕やサポーターの声援があるじゃないか。これなら、きっと気分良くやれるね。おぉっと、
コッリーナさんの笛が鳴った。

 ボランチのコンビを組むのはハーグリーブスで彼は攻撃に参加するタイプだし、左に開
いたスコールズとポジションチェンジもする。それに俺の前に位置するベッカムは、骨折
上がりだから、動きも本調子じゃない。そのカバーも気を使う。チームの攻守バランスを
取る、それが俺に課せられた大事な仕事なのさ。

 立ち上がりにキリ・ゴンザレスがシュートした。俺はコースに身体を入れて、なんとか
ミスを誘った。

 ゲームが落ち着いてきたので、取り敢えずベーロンにご挨拶でも。彼には厳しい当たり
にいって、まずは動きの幅を狭くしなきゃ。

 えぇ?ハーグリーブスにアクシデントかい。まだ前半20分だろ。急な変更だけどペアを
組むのはスコールズだし問題はないね。スコールズは運動豊富で当たりにも強い。対面す
るベーロンはやり難くそうだ。そりゃ俺達のコンビじゃ、チームメイトだからベーロンの
癖はお見通しだもんな。ポジションを奪われた借りはここで返さなきゃ。

 1対1の局面で負けるのは嫌いだ。サネッティーへのアタックはファウルを取られたけ
ど、あれぐらいは行かないとね。

 俺には華麗なドリブルやトリッキーなパスは期待できないかもしれないけど、今日の俺
は攻撃の起点になってる。前の選手が楔のボールを俺に落とす。そのボールをインサイド
キックではあるけど、アルゼンチンのプレスが掛かる以前にダイレクトで前方のスペース
にパスを送るのさ。へスキーが落としたボールを受けた後、右サイドで待つオーウェンへ。
俺、ちゃんと見えてるだろ!?そのままオーウェンは高速ドリブルで相手を切り裂いてシ
ュート。あっちゃ〜、ポストじゃんか。

 徐々にアルゼンチンがリズムを掴みそうになっている。ここは踏ん張りどころだけど、
思い切り相手にいったら思わずベッカムとバッティングするところだった。今度はスコー
ルズが自陣でボールを失う。フー、なんとかカバーは間に合ったぜ。

 前半が残り少なくなったけど、イングランド攻勢の場面。俺が前に出そうとしたボール
はアルゼンチンの網に引っかかった。その零れをスコールズがシュートするも阻まれてし
まう。さらにボールを拾った俺は、ややゴールに背を向けていたこともあって、スコール
ズにパスを預けた。それを左に展開して、オーウェンはペナルティーエリアに侵入。よし、
ファウルで止めた。PKは当然ベッカムさ。彼ならきっちり沈めてくれる。

 後半になるとスコールズが絶好調じゃん。始まってすぐのミドルシュートで気を吐いた
からかい?あのパワーシュートは相手GKも弾くだけで精一杯だろうし、俺には真似出来
ない代物さ。

 オーウェンとスコールズの絡みもリズムが良くなっているね。攻撃参加に比重を置くス
コールズとのパス交換でオーウェンもシュートシーンも増えてきている。

 こうなれば俺は黒子に撤して守備を固めるだけだ。1点のリードくらいじゃ、アルゼン
チンの破壊力をすればセーフティーリードではないから。

 ところ後半にベーロンと交代で入ったアイマールは、ベーロンとはいささかプレーを異
にする。パサーというより、ボールに触りながらドリブルしたり外に開いての仕事が多い。
フィジカルはさほど強くはなさそう。ただ怖い選手には違いない。スコールズとマークを
受け渡し、アイマールの動きは封じないと。

 痛てー。左足をやられた。ゲームからオフする。手早く治療を済ませてくれ。ストッキ
ングを慌ててたくし上げ、ピッチにオン。

 ペナルティーエリアにアイマールが出てきた。アイマールが倒れたのでアルゼンチンサ
ポーターが沸く。でも俺の足はボールを捉えている。さすがヨーロッパの主審では一目置
かれるコッリーナさん、見落としがない。

 チームが守備的になったので、アルゼンチンの攻撃に晒される時間が長くなる。アイマ
ールのマークに着いていた俺の甘い守備から、スルーパスを通された。だがバックは安定
していてCKに逃れる。そのCKで一瞬だが集中が削がれた。プラセンテのヘディングは
シュリンガムがクリアーした。ここぞの時に頼りになるベテランだ。どうにか俺のミスを
帳消しにしてくれた。

 もう残り時間は少ない。サポーターが「大脱走のテーマー」を歌い出す。もう力の限り
1点を守り逃げ切れということだ。アイマールが慌ててくれたお蔭で、俺が身体を寄せる
前にシュートして大きく外す。あぁ、早く終れ。

 今日のMVPはスコールズだって。ちぇっ、俺もかなりイケてると思ったんだけどな。
やっぱ地味かい?スコールズにビールでも奢らせるか。