第4回    証明の笑顔  (2000年2月25日)

 

                               M.Sunabata

 余裕のボールキープで、前線の状況を確認しパスを出そうとした瞬間、小野の立ち足に
背後からフィリピン選手の悪質なタックルが入った。転倒した小野の呻きは、ピッチ上の
深刻さをよく理解出来なかったサポーターの「日本のゴールが見たい」という声援に掻き
消された。祭りのような喧噪の中、小野は国立競技場の通路に姿を消していった。
 左膝の内側側副靭帯断裂。オリンピック1次予選のフィリピン戦試合後、本人が「大丈
夫」と言った言葉とは裏腹に、事態は相当悪く、5ヶ月近くゲームから遠ざからなければ
ならなかった。

 それと時を同じくして、小野という中心選手を失ったレッズはどんどん泥沼にはまり、
J2降格かというところまでリーグ順位を落とし、もがき苦しんでいた。
 チームを何とかしなければという責任感から、小野は予定していた復帰時期よりも早く、
ピッチに戻ってきた。
 小野の良さは、素速い状況判断が出来ることであり、いくつものプレーアイデアを持ち、
対戦相手の意表を突くパスをダイレクトでしかも正確に出せる点にある。
 しかし復帰後のプレーは、シンキングスピードが低下し、迷いながらパスを出すように
なり、あれ程ピッチコンディションやパスの受け手の選手が得意なプレースタイルを考慮
した正確なパスも影を潜めてしまった。
 例えば岡野に対し、彼のスピードを生かす為に足の長いパスをスペースに出すわけだが、
そのパスが速すぎてゴールラインを割ってしまい、岡野が「どうしたんだ」という表情で
小野を振り返るシーンを、何度も見かけた。
 また小野の前にスペースがあり、彼自身が持ち込めばチャンスが拡がるのに、他の選手
にパスを出そうとしてしまったり、弱気になってボールを後方の選手に預けてしまったり
というシーンもあった。
 ピッチ上には、コンディションの良かった頃の自分と今の自分のギャップに悩み、何度
も頭を振る小野の姿があった。そして小野は本来の姿を取り戻すことなく、レッズはJ2
に降格した。リーグ最終戦後、夕闇の迫る駒場の芝に跪き、彼の復活を誰よりも待ち望ん
でいたサポーターの前で号泣した。

 レッズ降格という事態により、小野の去就を巡り、彼の周辺は慌しくなる。レッズに残
留してJ2で戦うか、それとも他のJ1チームに移籍するのか、はたまた海外かと。元々
海外志向の強い小野であったが、自分のプレーに対する自信が揺らぎ、マスコミの「海外
のクラブに行くのか」という問いに、「(自分が)やって行けると思いますか?」と進路
に迷い悩んだやつれた顔で返答した。結局、フィジカルを元に戻すことを一番に考え、自
分の体を熟知するドクターのいるレッズに残ることを決心した。

 そして先日行われたカールスバーグ杯、対メキシコ戦で、久々に日本代表としてピッチ
に立った。
 今回選出されたFW陣は、点で合せるタイプの中山、左右のスペースに走り込む平瀬、
スピードに乗った縦への飛び出しが得意な平野、ワンツーなどのパス交換でゴール前の侵
入するカズと、タイプが異なる選手が揃い、各々が好むパスの質が違うので、小野のパス
センスが試されるとも言える。また小野自身が2列目から前線に飛び出すことも必要とな
る。そういう意味では、小野の今のコンディションを判断することが出来よう。
 小野は前半から精力的に動いた。攻撃を組立てる為に低いポジションに下り、ボールを
キープしながら左右に軽くパスをさばき、その後2列目のポジションに素速く上がって周
囲の状況を瞬時に把握し、受けたボールをダイレクトで浮き球のパスを、前線のスペース
に走り込んだ名波や平瀬に配給した。また中山や平瀬がサイドに流れた時は、ゴール前に
積極的に飛び込み、CKも低く速い弾道のきわどいボールをゴール前に入れ、中山や稲本
のシュートを演出した。
 シンキングスピードもパスの質の面でも、本来の感覚を取り戻しつつあり、一時期の低
迷から脱した感じがした。

 小野はピッチ上でよく笑う。自分の考えた通りのプレーが出来た時の微笑み。他の選手
とプレーイメージがシンクロした時、もしタイミングがほんの少しずれ失敗しても、「O
Kだよ」と相手を励ますようにニッコリと笑顔で答える。そしてゴールを決めた時の満面
の笑み。しかしメキシコ戦での小野には笑顔はなかった。ピッチ上の小野が様々な笑顔を
見せた時、それが本当の復活を証明するのかもしれない。