第40回   サッカーの原点、ここにありき (2003.2.8)

                                M・Sunabata

−横浜でのコリア・ジャパンW杯の決勝戦を「THE OTHER FINAL」と呼んだ国があった−


 サッカーファンの人ならこのニュースを聞いたことがあるかもしれない。FIFAランキン
グ202位のブータンと同203位モントセラトの両国が最下位を決定しようと、W杯の決勝
時間の前にブータンで試合を行なったのだ。


 ここで簡単に両国について説明しよう。まず、試合が行なわれたブータンについて。正
式名はブータン王国。ネパール、インド、中国といった国に隣接した山間にある、人口66
万の小さな国。何世紀にも渡り鎖国政策を採っていたが、40年前から徐々にその扉を開き
始めた。FIFAの加盟は2000年と同国サッカー協会は生まれたてのほやほや。

 対するモントセラトというと、コロンブスに発見され現在は英国領である、カリブ海に
浮かぶ人口5000の小さな島国。国土のほとんどが活火山に覆われ、1996年にFIFAに加
盟したものの間もなく噴火によって島の半分が居住出来る状態ではなくなり、多くの住民
が離島せざるを得なくなってしまった。それと同時に、国に唯一あった国際試合で使用す
る競技場も2mくらいの灰で埋まってしまい、現在は立ち入り禁止区域となってしまって
いる。


 サッカー弱小国であり、ほとんど対外試合を経験したこともく、ましてやそれぞれの国
がどこにあるかさえも知らなかった両国が試合をすることとなったのは、オランダにいた
一人の青年の単なる思い付きからだった。

 オランダと言えばヨーロッパでも有力なサッカー大国。ところがコリア・ジャパンW杯
ヨーロッパ予選に於て、ポルトガルやアイルランドと同組になり、まさかの予選落ちを経
験する。青年にとって自国が不出場となってしまったショックは大きかった。同じ想いを
抱いた人々はいったいどういう国にいるんだろう?青年は素朴な疑問を持つ。インターネ
ットを調べる内に青年は、FIFAランキングの末端にいたこの両国の存在を知った。なんな
らこの両国で、W杯の決勝戦の日に最下位決定戦をしようじゃないかと思い付き、ブータ
ンとモントセラトのサッカー協会に話を持ちかけたことが切っ掛けとなった。

 初めは眉唾ものの話と受け止めていた二つの国も、サッカーを通して両国が親交を温め
る絶好の機会になるとして、積極的にこのアイディアに賛同する。青年はスポーツ用品メ
ーカーにスポンサーとして協力を仰いでみるがはかばかしい返事は貰えず、商業主義に走
るW杯のアンチテーゼとして非営利の理念に基づいた試合を行なおうとプロジェクトを進
めた。

 そしてブータンの首都・ティンプーにあるチャンリミタン競技場へ、この一大決戦に固
唾を飲んで見守る2万5000人の無料観戦者のもと、日本時間1時45分にキックオフの笛
は鳴り響いた。


 サッカーとは元々の始まりは村の祭りにあるという説がある。例えば隣同士の村が、そ
れぞれの村にある教会にボールを運び、覇権を競い合ったという感じのものだ。酒があり、
喧嘩があり、村人の熱狂と興奮と笑い声。何日も掛けたボールの奪い合いがあって、教会
というゴールにボールが届けられてフィナーレを迎える。

 その説を考えに則るなら、まさしくこの試合にサッカーの原点がある。技術的なことで
この試合を見れば、はっきり言って下手である。しかしサッカーの熱病に冒されるブータ
ンの人々の顔は、横浜の会場にいた人々と全く変わりはない。競技場という現場でサッカ
ーに魅入られるとはそういうことだと改めて感じる。世界ほとんどにとり「THE OTHER
FINAL」はブータンvsモントセラトなのだが、ブータンの人にとって(きっとモントセ
ラトの人にとっても)、「THE OTHER FINAL」はW杯の決勝戦の方に他ならない。


 監督はオランダ人のJohan・Kramer。ナイキやアディダス、リーバイスなどのCMク
リエーター出身で、これが初監督作品。映像にCM的なイメージが強く、映画としてはド
ラマ性という点では若干薄く、ドキュメンタリーものというには表現に甘ったるさが残る。
テンポも軽快とは言い辛い場面も。それでも両国のサッカーに賭ける情熱と愛情を鮮烈な
色彩感覚を交え切々と伝え、見ている者にサッカーには国境がなきに等しいことを染み入
るように語りかける。

 現行の日本の映画料金は1800円であり、絶対に映画館へ行くべし!とは言いにくい。
それでもサッカーファンならば、カウチポテトをしながら静かに、この『Final』を是非
とも見守って欲しい。


 タイトル 「THE OTHER FINAL」(77分)2002年 オランダ・日本合作

 監督   Johan・Kramer