第8回 静かなる闘い(2000年4月21日)

                            文 M.Sunabata

 

 フランスサッカー界の長い歴史に於いて、初めての出来事が起った。フランスカップ99
で、4部リーグに所属するアマチュアチーム「カレー」が、決勝に勝ち進んだ。

 日本の高校サッカーでダークホース的な学校が調子付き、あれよと言う間に勝ち上がる
ことがある。だがそれが起り得るのは、学校によって実力差が存在するのだが、その差が
小さいからである。

 ところがプロ・アマ双方が出場出来る天皇杯を見れば明らかなように、Jリーグが誕生
してからというもの、アマのチームがプロ相手に1勝するくらいはあっても、決勝まで勝
ち上がってくることなどまずない。

 しかしカレーは準々決勝でストラスブールを2ー1で破り、準決勝では昨年のリーグ覇
者ボルドーを相手に90分を0ー0で乗り切り、延長戦で一時は追い付かれたものの突き放
し、最後はダメ押し点までゲットして、3ー1で勝利した。

 実際に戦い振りをみたわけではないが、プロチームを撃破する度に自身を深め、自らを
モチベートする強い意志があったのではないかと思う。


 それと同じ頃、スペインでは「バルセロナ」が、不振の波に襲われていた。

 チャンピオンズリーグ準々決勝、チェルシーホームで行われた第1戦を1ー3で落して
以降、リーグ戦を0ー3という内容で3連敗していた。

 その中のオビエド戦を見たが、一度狂った調子を元に戻すことは、あれ程のタレントを
揃えたバルセロナでさえも困難だということを、見せつけられたような試合だった。

 降格のボーダーラインにいるオビエドに先制点を奪われると、一挙にバルセロナの選手
の士気は低下し、チームプレーで相手の守りを崩すことも、オフ・ザ・ボールの動きも、
個人技で相手を抜こうとチャレンジすることさえもなくなり、オビエドの縦の動きをケア
する単純な守備の前に、バルセロナはどうすることも出来なかった。

 そしてPKという主審のミスジャッジにより不運な2点目を取られると、バルセロナの
選手の足は止まり、オビエドが仕掛けるカウンター攻撃をなす術なく見送るという、最悪
なチーム状況になっていった。

 この敗戦によってリーグ優勝が絶望的になり、意気消沈したバルセロナが、チャンピオ
ンズリーグ第2戦を2ー0(アウエィゴール2倍ルールがある為)で勝利すればいいと言
っても、チェルシーに逆転勝ちすることは無理に思えた。

 しかしバルセロナは違った。唯一残されたタイトルである、チャンピオンズリーグ優勝
に対するモチベーションは高かった。

 バルセロナサポーターで満員のカンプ・ノウに、「0ー2」の人文字が浮かぶ。その大
声援を受けたバルセロナイレブンは、失点しないことを第一と考え守備を固めるチェルシ
ーに対して、ボールを支配し積極的に攻撃した。

 リバウドのFKと、ロスタイムに挙げたフィーゴの豪快なゴールにより、バルセロナは
予定の2ー0で前半を終了した。

 このままでは準決勝に駒を進められなくなったチェルシーは、後半スタートから反撃を
開始し、両チームの息を飲むような一進一退の攻防が繰り広げられた。

 前半から厳しいフォア・チェックをしていたチェルシーのゾラが、GKヘスプのクリア
ーミスを誘い、それを拾ったフローにゴールを割られた。

 これはGKの安易なミスによる悪い形での失点であり、準決勝進出の為には、2点以上
の得点が必要となってしまった。最近のバルセロナの試合の様相からすると、気持ちの糸
が切れてもおかしくない。

 だがタイトルに対する執念は簡単に消えない。ダニが追加点を入れて3ー1。まず延長
戦に持ち込む条件を整える。

 そして残り時間5分、バルセロナにPKが与えられた。これでほぼ勝ち抜けを手中にし
たかに思えたが…ところがリバウドはPKを外してしまった。手で顔を覆うリバウド。チ
ーム内に心の動揺が広がりかける。しかしタイトルに賭ける強い意志がそれを凌駕する。

 延長前半、またしてもバルセロナにPKが。そして再びキッカーはリバウド。静まり返
るスタジアムの中、リバウドは1回目と同じコースにシュートした。GKはそれを読んで
いたが、指のほんの先を飛んだボールは、ネットに吸い込まれていった。

 結局、バルセロナはこの試合を5ー1とし、準決勝進出を決めた。そこには不振を乗り
越えたという凜とした姿があった。


 日本では丁度その日、ナビスコ杯の1回戦セカンドレグが行われた。その中のレッズ対
フロンターレを観戦した。

 ファーストレグは、フロンターレのホーム試合だった。今年J1に昇格したフロンター
レ、逆にJ2に降格したレッズ。フロンターレはJ1の壁を前に喘いでいる。レッズとし
てはこのゲームをものにして、自分達の力を証明したいところだった。

 しかしレッズはJ2のぬるま湯にどっぷり浸かってしまっていた。リーグ戦同様に、ボ
ールを呼び込む動きもない、勇気あるリスクチャレンジもない攻撃。また守備に関しても、
前からのチェックもなく、サイドバックが攻撃参加した時に、他の選手がどうカバーする
のかというチームの約束事も見えてこない。

 リーグ戦で勝ち星こそ上げていないものの、いいサッカーをしていたフロンターレが、こ
の試合に勝ったのは当然の結果だった。

 レッズにとって、今年一年でJ1復帰することは命題である。今のところリーグ戦では
順調に勝ち星を重ねてはいる。だがその内容は惨憺たるものだ。J2は、昇格争いに凌ぎ
を削る数チームと、それ以外のチームとでは実力の開きが大きい。レッズが下位のチーム
と対戦すると、例えば前のポジションの選手が守備に手を抜いても、DFの力だけで相手
を押さえることが可能であり、攻撃にしてもダイナミックな動きによって相手を崩すこと
がなくても、点が取れて勝ってしまったりする。

 今の環境の中で、レッズの選手がJ1でも活躍する実力を維持し、それ以上に自分の力
を伸ばすということは、並大抵のことではない。常に自分にプレッシャーを掛け続け、高
いモチベーションを持っていなければいけない。なぜなら、人間は自分に甘くなる生き物
だからだ。

 ファーストレグでそのことを、フロンターレの選手はレッズの選手に対し、如実に示し
てくれた。そしてレッズの選手は、今自分達の置かれている危機的心理状況に気が付かさ
れた。

 この日のセカンドレグで、レッズの選手達はフロンターレを相手に、自分達の問題に対
する答えを見出そうとするかのように、一人一人が積極的に動き、それによりチームとし
ての機能が戻りつつあった。そして2ー1でゲームをものにした。

 トータル結果では2回戦に進むことが出来なかったが、このナビスコ杯でレッズの選手
が知った、高いモチベーションを持ち続ける厳しさと大切さということは、大きな収穫と
言えるだろう。


 「サッカーは心理的なゲーム」だとよく言われる。
 カレーのように技術的には優れたチームでなくても、選手の気持ちが同じベクトルを向
き一丸となっていれば、ジャイアントキリングを起こすことも出来る。

 またバルセロナのように、高いモチベーションを持つことによって、不可能に思えた不
調の波からの脱出をも可能にする。

 レッズの選手は、正直に言ってまだ「カレー」や「バルセロナ」のような心理的境地に
までは到達してはいない。しかし自分達の犯していた過ちに気付き、何が必要なのかを見
直し、高いモチベートをどう継続するかを知った。そうその闘いは、今始まったばかりだ。