第11回 What is sexy ? (2000年6月2日)

 

                                  M.Sunabata

 サッカーについてのコラムなのに、いきなり映画の話で恐縮なのだが、私が今まで見た
映画に於いて、一番素晴しいと思うキスシーンは、ジェームス・アイボリー監督の「眺め
のいい部屋」のそれである。
 映画を見ていない方もおられると思うので、簡単にあらすじを書いておこう。

 婚約を間近かに控えたイギリス上流家庭の娘が、叔母と二人でイタリア旅行に出掛ける。
その旅先の宿で、宿の触れ込みによると「眺めにいい部屋」に滞在出来るはずであったが、
二人に用意されていた部屋は、景色さえ見られないハズレの部屋。食事をしながら二人が
その不平を述べていると、それを聞きつけたリベラルだが下層階級のイギリス人の父と息
子が、自分達の(眺めのいい)部屋との交換を申し出る。娘と叔母はその申し出を受ける
のだが、娘は無口ではあるが魅力あるその青年に心引かれる。しかし彼女は様々なしがら
みから、自分の気持ちに素直になれない。とある日、同宿する人々でハイキングに行くこ
とに…

 そして前述した出来事が起きる。娘が独り歩きをしていると、野麦と赤いけしの花が咲
き乱れる丘に、佇む青年を見付ける。引き寄せられるように、娘は二歩、三歩と青年の方
に向かう。そしてそれに気が付いた青年が、娘に駆け寄り、突然に激しく彼女にキスをす
る。風景の美しさと相まって、官能的でとてもセクシィーなシーンだ。


 この続きはビデオで見て頂くとして、なぜこの話をしたかというと、先日「セクシィー
フットボールとはなんぞや」ということが、ある人達との間に話題として持ち上ったから
だ。
 今年のFC東京は「セクシィーフットボール」というテーマを掲げている。FC東京が
どういうサッカーを「セクシィー」だと考えているのか解らないが、その話をした40名
ほどの人達にとって、FC東京のサッカーをセクシィーだと感じている者はほとんどいな
かった。
 ではどういったサッカーが「セクシィー」なのかという話になったのだが、「セクシィ
ー」という言葉自体が曖昧であり、人それぞれの考えることが違う。

 プレーヤーの1対1の勝負と攻撃参加の思い切りのよさにそれを感じるという人もいれ
ば、個性を尊重しながらチームとして機能するところに感じるという者もいる。相手の弱
点を突いている姿にそれを感じるというサディスティック(?!)な意見もあれば、ユー
ゴ代表のように意外性に富んだサッカーこそがセクシィーだという考えもある。なかには、
チョコレートのように吐溶ける甘さが「セクシィーさ」だから、サッカーには感じたこと
がないという人もいた。


 私が「セクシィー」だと感じるサッカーは、先に話をした映画のキスシーンに通ずるも
のがあるように思う。あのキスシーンを端的に言うと、突然の出来事であり、激しく、美
しい。それをサッカーに当てはめるなら、突然の出来事=思いがけないプレーであり、激
しい=パッション溢れるプレーであり、美しい=華麗なプレーと置き換えることが出来る
と思う。このようなプレーが一杯詰まったサッカーが「セクシィー」なのではないだろう
かと。そして恋に落ちた二人のように、プレーヤー同士が互いの気持ちを解り合っている
ことも大切だ。

 サッカーには色々なタイプのチームがあるが、私は殊に中盤のパス回しがうまいチーム
に「セクシィー」さを感じている。例えばオランダ代表はその代表格と言える。古くはク
ライフを中心に選手が様々にポジションチェンジしながら、流れるようなパスをつないで
いく、トータルフットボールという革命的なサッカーを築いたし、ファンバステン、グー
リット、ライカールトのトリオが、思いもかけないパスを華麗につなぎ合わせ、相手を翻
弄するところなど、見ている者に溜め息をつかせる。その系譜を受け継いだ現在の代表も
ベルカンプを中心にイマジネーションに満ちたサッカーを展開する。そして観客は心を揺
さ振られ、熱くエクスタシーを感じる。


 ところで、選手個々で見た場合、「セクシィー」なプレーをするのは誰だろう。私はフ
ランス代表のジダンやポルトガル代表のルイ・コスタの名前が浮かぶ。

 ジダンと言うと、あの厳つい顔からは想像出来ない、柔らかなパスを配給するところが
魅力的だ。ジダンは体格だけ見ていると、柔軟さを感じないのだが、無理に見える体勢か
ら、味方が受け易い浮き玉のパスを器用に出すことが出来る。ボディーバランスの良さが、
彼の「セクシィー」なプレーを支えている。

 ルイ・コスタはと言うと、タッチの柔らかい独特なリズムを刻むドリブルを駆使しなが
ら、相手DFを欺く思いもかけないスルーパスを出す姿が、私の心の琴線に触れる。

 FWで言えば、チリ代表のサモラーノは「セクシィー」だ。私がFWで一番すごいと感
じている選手の一人に、バティストゥータの名を挙げるが、彼を「セクシィー」だとは思
わない。なぜなら、他のFWが誰になろうとも、彼自体のプレーは別のFWに影響される
ことなく、彼のままで居続けられる「個」があまりに完成されてしまっているからだ。
 しかしサモラーノは違う。他のFWの個性を生かしつつ、自分のプレーの良さも引き出
すことが出来るという美しさがある。そしてあの身長からは信じられないジャンプ力でヘ
ッドでのゴールを決める。彼の情熱溢れるプレーは魅惑的だ。

 でも、私が今、最も「セクシィー」と感じている選手は、アルゼンチン代表のベーロン
だ。運動量は豊富だが、決して汗かきタイプのプレーヤーではない。当りに強いが、柔軟
性も持ち併せている。長短の浮き玉のパスを自在に繰り出すことも出来れば、ドリブルで
相手陣内に入り込んでスルーパスも出せる。FKにしても、強烈なボールとカーブを懸け
たボールを使い分けて蹴ることが出来る。ベーロンはオールマイティーな選手であり、彼
のプレーは思いがけず、激しく、美しい。もちろん先日見せてくれた、黒のブリーフ姿は、
「セクシィー」と感じさせるポイントアップに貢献しているが…


 もうすぐユーロ2000が開幕する。果たして読者の皆さんは、どのチームにどんな選
手に「セクシィー」と感じるのであろうか?