第80回高校サッカー選手権準決勝

          前橋育英 1(1-1)2 岐阜工業 (会場 国立競技場)
               (0-1)

                 交代の魔力

                                  砂畑 恵

 前橋育英のGK・宮川は2歩3歩とバックステップを踏んだ。ゴールに向う古田のルー
プシュートには追い付けそうになかった。それでも「何かせずにいられない」、抵抗のジ
ャンプだった。

 後半ロスタイム、前橋育英のゴールキックを拾った岐阜工業は、素早く前線にいた片桐
にボールを託した。前橋育英のDFを背負った片桐は前を向けない。だが片桐は、右後方
から疾風のように駆け上る古田を、視界にしっかり捉えていた。その古田は山崎の交代に
伴い、その山崎の位置にポジションを移していた。片桐は足の裏でボールを押さえて溜を
作り、古田が片桐を追い越す直前にゴール方向にヒールパス。古田のスピードを殺さない
絶妙さだった。

 古田は駆け上りながら、GK宮川が高めポジションを取っていることに目を付けていた。
だから25mはあるかと思われる位置から、躊躇なくループシュートを狙い、見事にゴー
ルに沈めた。

 あのゴールは決めた方を誉めるしかない。宮川の位置は高いといっても、あの状況を考
えれば決してポジショニングミスではなかった。

 それよりも私が気になったのは、後半40分の交代だった。ロスタイム表示は2分。里
見と小暮のボランチは、先の大分戦よりもバランス感覚が充実していた。ところが山田監
督は小暮アウトを告げる。攻撃的な選手であればさほど気にはならなかったのだが、ディ
フェンシブハーフは守りの最初の砦、私には不安が過った。この交代は、選手同志がマー
クなどの確認を要する。でもその時間の有余はなかった。

 ピッチの前橋育英イレブンは、混乱にも似た微妙な違和感が襲っていた。半歩の寄りの
遅れ、そしてちょっとしたバランスの崩れ、それが大きく結果を変えてしまったような気
がした。

 高校サッカーはトーナメント。相手に勝たなければ次には進めない。あのロスタイムに
監督が引き分け狙いで、PK戦に持ち込むようにと選手達に指示は出しにくいだろう。勝
負に出た交代は裏目となった。

 交代のタイミング、それに付随するチームバランスの機微。それがチームを成功に導く
こともあれば、順調であったチームの総てを覆すことさえある。やはりサッカーは恐ろし
くもあり、それ故に恐怖に打ち勝った時の歓びがあるのかもしれない。