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大平洋戦争勃発の翌年四月六日、あこがれの前中に入学した仲間は、幼年学校、予科練、海兵等々に入隊が続き、残った者も勤労奉仕や工場動員に日々あけくれていた。そして終戦。仲間がぞくぞくと、出口の無い陸海空から復校したが、ただ一名の戦死者も出なかったことは、同期桑弓会の特記すべき事の一つである。二つ目は、卒業五十周年記念に平成九年に発刊の「桑弓記」であり、戦中戦後の前中生活の全貌と、会員の自分史が盛り込まれた四五一頁の圧巻である。三つ目は卒後、桑弓会が、前橋か、同期経営の辰己館で開催され続けていること。京浜同窓会も同様。 ○平成十八年は総会は前橋、京浜は鎌倉 振り返えれば、桑弓会がいかほど仲間達の心の支えになったかは、計り知れない。光陰矢の如く、激動の時代を生き抜いて来た。 平成十九年五月に、総会としては、有終の美を飾るかも知れない「桑弓会」が、三月には「京浜桑弓会」が上野で予定されている。 |
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(神原誠重) |
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平成十八年六月十八目に伊香保の「岸権」で以文会の総会が催されました。当初のエントリーは三十五人を数えましたが、体調が思わしくないとのキャンセルが続出、また、現役でどうしても日程が調整できない、との理由で、最終的な参加者は二十五人ということになりました。 とは言え、総会・懇親会前の「近況報告会」では、それぞれが、自治会・老人会とのかかわり、現役としての活躍振り、ボランティア活動、体力維持の努力、その他の披露し、予定の二時間を遙かに超過する愉快な時を過ごしました。 総会では『続・以文会記』の発刊が正式に承認され、前回の『以文会記』に勝るものにするために全会員が協力し合おうとの確認が盛大な拍手でなされました。 その決定を受けて、十一月十三日に、編集委員が集まり、宛名書きをした後、「以文会短信十九号」(編集内容・執筆要項を含む)、原稿見本と原稿用紙を封入し、発送しました。 以文会メンバーの皆様全員からの近況や随想何でも投稿を期待しています。締切は八月末日。 なお、平成十九年の「日帰り」総会については、いつものマーキュリー・ホテルで開催の予定、日時は別途連絡します。 |
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(白石昭夫) |
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平成十八年度も二七会は元気に活動しました。主な事柄を次に挙げます。 (1)五月十三日(土) 二七会総会・懇親会を前橋マーキュリーホテルで開催。 (2)十月二十五日(水) 伊香保ゴルフクラブ岡崎コースでゴルフコンペを行う。 (3)十一月八日(水) 叙勲 西林乗宣君 旭日双光章 受章 本年度の総会・懇親会について報告します。五月十三日(土)午後四時から前橋マーキュリーホテルで開催されました。恩師の竹園一先生・萩原豊先生のご臨席をいただき、会員四十六名が参加しました。 総会の部では、代表幹事の西林乗宣君が挨拶し「昨年は東京帝国ホテルで京浜支部と合同の総会が盛大に行われたが、二七会の歴史の中で画期的な出来事であった。今年もがんばりたいが世間では少子高齢化が進み県人口が減少に転じるなど、生活環境が厳しくなっている。そうした中で、まず健康を第一に考えようではないか。」と述べました。 竹園一先生と萩原豊先生には、ご祝辞をいただきましたが、お元気な様子でした。 議事は予定通り進み懇親会の部に移りました。京浜支部世話人代表として境野哲文君が挨拶しましたが、次のような話が印象に残りました。「前橋出身の者として前橋の町なかを見るとき、日本の他の中核都市同様、中心街の商店のシャッターが締まっている所が多く寂しく思う。是非皆さんががんばって町に活気を取り戻してほしい。」 次に顕彰が行われました。伴内孝雄君と早川歳夫君に、西林乗宣君から、西林君直筆の感謝状と額縁が贈られました。 伴内君は、長年二七会の総会や各種の行事で常に校歌・応援歌・凱旋歌の音頭をとり、会員を鼓舞し、それが励みとなって今日の二七会の発展につながったという功績。 早川君は、総会や会合の度に写真の世話をして、全体写真やスナップ写真を労をいとわず会員一人一人に提供してくれて、二七会にとって貴重な記録や思い出を作ってくれた功績。 乾杯は太田宏君が音頭をとりました。太田君は今年度、東京都の群馬県人会連合会会長に就任しました。二代目会長とのことです。 懇親会は盛況でしたが、終わりに伴内君の音頭で校歌一・二・三・四番を歌い、更に応援歌・凱旋歌を声高らかに歌って閉会しました。 |
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(厚木眞也) |
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卒業五十周年を迎え「周年記念行事」の一環として平成十八年五月十一日〜十二日伊香保温泉「ホテル木暮」で三一会「卒業五十周年の集い」を開催しました。 当日は五十九名の参加を得て旧交を温めながら賑やかな一時を過ごすことが出来ました。遠くは東大阪市、神戸市から参加してくれた諸兄もおりました。また現参議院副議長の要職にある角田義一氏も多忙のところ駆けつけてくれました。久しぶりの再会に話もつもりお互いに時間の経つのも忘れ心いくまで親睦を深めあいました。一部諸兄は集合前の時間を活用して渋川カントリーでゴルフを楽しみました。お互いに健康の話題が多くなりました。 三一会では十年前の平成八年五月十七〜十八日に伊香保温泉で「卒業四十周年記念の集い」を開催したことはご高承の通りです。そのときは、記念樹として木暮達雄氏のご厚意で「紅梅」を母校玄関前(下沖町)に植樹しました。毎年二月ごろ開花に合わせて近隣在住の「有志」諸氏が「梅見の会」を開いて話にも花を咲かせています。 |
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(深谷 茂) |
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