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9月2日 この続きはBlogに公開していくことになりました。初めてのBlogです。どうぞよろしく。
Kuroさんの六合村日記
9月1日 学校に行ってみると、所々にトマトのカスが落ちている。「こりゃサルにやられたな」と思い、職員玄関に向かっていく。と、今度はとうもろこし。あーあ、とうとうとうもろこしもやられてしまったかあ。土日は学校が休みで、人が来ないことを知っているのだそうだ。サルがやってくるのはたいてい土日。そしてサルたちは収穫時期もちゃんと知っているんだって。朝の運動会練習が終わったとき、5年生の先生が驚いた顔をしてやってきた。「カボチャがひとつもないんですけど……」5年生が育てたカボチャは、結構たくさんおいしそうにみのっていたのに、ものの見事にひとつ残らずなくなっていたのです。これもサルの仕業。きっとサルたちが脇にかかえて山に持って行ったのだろう。こうも一気にやられるとは……。
9月1日 地区の奉仕作業「林道の草刈り」に参加してきた。今までも「協力して下さい」と言う連絡はあったが、家に帰るからと言う理由で、参加していなかった。今回が草刈りデビューだ。イメージとしては「公園掃除」のようなものだったが、全くちがっていた。みなさん、エンジン付の草刈り機を持ちだし「ウィーン、ウィーン」とやっているのだ。ちっちゃい”庭の草取り用の鎌”しか持っていない私は、完全に場違いだった。「どこをやればいいんだろう」とさまよい続け2〜3km林道を上ったろうか。これ以上あがっていったら誰もいないよな。こんな所でやっていたら、「終わりです」の連絡も届かずに、1人できりなくやっていることになっちゃうよな。」と、Uターン。「機械じゃできそうもないところってどこかないのかなあ」と探しながら下っていった。すると、壁に垂れ下がっている葛のツルを発見。「これだ」と思って車を止め、必死に引っぱった。ちょっとだけ、自分の居場所を見つけ、ホットした。
8月31日 家のすぐそばにトンネルがある。40年近く前に廃線になった鉄道の線路が通っていたトンネルだ。今は生活道路として使われているが、ここを通るたびに懐かしい気持ちになる。地元の子どもたちは「おばけトンネル」と呼んでいるようだが、さすがに歩いて通るのことはできない。そのうち一度、挑戦してみよう。  
8月28日 こども園の園児服が来た。こんなかわいい服着たことがなかった秋歌と駿越は大喜び。かわいいゴムをしていくことも靴下を履いていくことも嬉しいようだ。でも、秋歌にとっては転園は相当の負担のようで、毎日ママから離れられないようだ。でも、2人とも親しいお友だちができたようで、ちょっと安心。
8月25日 小学校、こども園の始業式。「楽しみ」とは言っていたが、かなりの不安があるようだ。2〜3日前から3人とも不安定状態。泣くはわめくは喧嘩はするは……そして挙げ句の果てに怒られて……でもう大変でした。
秋歌はこども園で大泣きだったようだ。でも、第一日目を終え家に帰ってくると、みんなとても楽しかったらしく、今度は超ハイ状態。色々な話を聞かせてくれた。良かった良かったまたひとつ不安解消!!
8月22日 家族全員分の転入届を提出。いよいよ家族全員での六合村生活が始まる。最後の荷物が運び込まれ、家の中は荷物だらけ。だだっ広かったこの家が足の踏み場もないほどになってしまった。少しずつでも片付けていかないとね。
8月16日 長男の友だちがたくさん六合村を訪ねてきてくれた。全部で6家族。本当に嬉しいことです。六合村の大自然、野反湖に招待した。バンガローを5棟予約し、そこでバーベキューをすることにした。「一番に行って準備してますね。」なんて言っていたのに、他の方々もみんなとても早い時間にあがってきてくれた。前橋からじゃあ、大変だったでしょうに……。一家族はさらに早く到着し、野反湖での釣りを楽しんでいたとか。
もう最近ではみなさん段取りがよく、あっという間に設営完了。さっそく久々の再会パーティーが始まる。でも、子どもたちはバンガローが嬉しくて、ほとんどそこにこもって何かを楽しんでいたようだ。「肉だよ」の声にも見向きもせずひたすら遊び続けていた。M家の評判の「生で食べられるとうもろこし」が今年も登場。大人気だった。
8月14日 親父の実家にいく。妻も六合村の住人になると言うことで、親父がお世話になっていた近くの家にあいさつまわり。
親父の実家には従兄弟家族も集まっていて賑やかだった。みんな、お盆には大好きな六合村に帰ってくるんだなあ。
この夜、六合村のふるさとまつりに参加した。あいにくの雨で、人出は少なかったが六合小学校の子どもではない子もたくさんいた。と言うことは、やはりお盆に六合村に来ている方々なんだなあ。六合村を離れてもやっぱりみんなふるさと六合村が大好きな人ばかりなんだろうなあ。雨が降っていたので、まつり途中で帰ってきてしまったが、徐々に、天候が回復してまつりはそのあと盛り上がってきたのではないだろうか。花火も打ち上げられた。距離はそんなに遠くないので、家から見えるかなあと思っていたが、影すら見えなかった。音さえもかすかに聞こえるだけだった。ちょっと残念だった。
8月12日 いよいよ家族総出で移住が始まる。2台の車に荷物がびっしり。海朱も一緒に乗せなければならないので、乗車配分もなかなか大変。やっとの思いで、六合村までついたが、運転手はもちろん子どもたちも気を遣ってかお疲れモード。いよいよ六合村の生活が始まるって感じ。
7月27日 次の日クワガタ採りに行くと言うことで、まだ暗い内に家を出た。目的地は明かりのある所。自動販売機、街灯、などなど、いろいろな所で車を止めて捜しまわったが、収穫はなし。結局車は尻焼温泉にまで来てしまった。せっかくここまで来たのだからと、入浴をと考えていたのだが、タオルがないことに気がつく。断念しようと思ったが、洗車用のタオルがあることに気がつき、それを利用。少々油でよごれてはいたがまあいいや。久しぶりの尻焼温泉を堪能できた。子どももちょっと不思議な気持ちになれたようだ。
7月26日 夏休みを利用して、航舜がひとりで六合村までやってきた。とは言っても、群馬総社駅で電車に乗せてもらい、長野原草津口でパパにまってもらい……と言うことで、「ドアトゥードア」と言うか、「ハンドトゥーハンド」。それでも、航舜にとっては大冒険だったろう。よく直前になって「やっぱりやめる」っていわなかったなあと関心。と共に、うらやましくも思った。本当に夏休みのすばらしい体験ができ、ものすごく自信を持ったと思う。さあ、次の挑戦は??東京??京都??
7月5日 上の子の保育園時代の仲間たちがお別れ会をしてくれるというので出かけていった。息子も2年生というのに、こんなつながりがまだあるなんて、本当に幸せである。記念品までいただいてしまって恐縮している。「夏には野反湖で、キャンプの企画たのんだよ」なんて声をかけていただいた。本当に嬉しいなあ。こんな遠くまで会いに来てくれるなんて……。さっそく企画しちゃうぞ!!(Hママさん、いつもこのページ覗いてくれてありがとうございます!!)
7月3日 六合村を故郷とする叔母から電話が来た。「元気でやってるかい??」「帰りにでも寄んなよ。馬鈴薯あるから持ってぎない」ひとり暮らしをしていると、こんな電話が妙に嬉しい。
7月2日 学校で、不審者対策の避難訓練をすることになった。今日は、そのための打ち合わせの日。長野原から警察の方が来てくれたが、何と、小学校中学校の同級生。こんな所で会うことができるとは……。お互いに驚きだった。
6月30日 六合村の生活が始まってから、早3ヶ月。妻のお腹も大分ふくらみ、出産が近くなったことを感じた。一番大事なときに、たったひとりで3.5人の子どもたちの面倒を見てくれた妻に本当に感謝しなくては……。
いよいよ引越の時も近づき、妻も子どもたちも不安がいっぱいなのではないだろうか。でも、やはり、家族で一緒にすごす時間が近くなっていることを楽しみにしている。
6月13日 今日は金曜日。身重の妻が子ども3人つれて電車で六合村まで来てくれた。とは言っても、全て電車ではやはり大変だからと、中之条の先の市城駅まで迎えに行った。市城駅に降り立った家族はうれしそうに駆け寄ってきてくれた。ここから六合村までの道のり、やはりだれかが一緒に乗っていてくれると、距離も短く感じる。
六合村の家に着くと、いつも静まりかえっている家がものすごく明るく感じた。まだ食器もひとり分しか揃っていないのに、がんばって料理を作ってくれた。この日は秋歌がキャンプから帰ってきたばかりなので、風呂に入ってすぐに寝た。
次の日はまた散歩に出かけた。航舜はまた虫入れを持って、何かを捕まえようと必死である。赤岩の村営温泉近くまで行った所で、オタマジャクシを発見。一生懸命に追いかけ、虫入れに入れていた。前橋の家には持って帰れないと言うことで、六合の家で飼うことになってしまった。ひとりぼっちの家では、ちょっとした同居人になってくれるようだ。
5月28日 今日は産休に入った妻が遠路遙々六合まで来てくれた。とは言っても、これだけ長い距離を自分で運転してくるのは心配と言うことで、妻の母に運転をお願いした。私は学校があるから本当なら、妻に会うことはできないのだけれど、今日はたまたま、体育実技講習会があるので、出張。ということで、出張に行く途中で、ちょっとだけ家に寄ることができた。妻は、家のまわりにフウセンカズラやひまわりを植えたいと、家から苗を持って来てくれたのだ。
我妻よ、今日は来てくれてありがとう。嬉しかったよ
5月27日 通勤は自転車です。3kmちょっとと言うことで、ちょうどよい運動になります。しかし、ちょっと気になることがあるのです。途中に猿が出るのです。最初はたった1匹だけ。「この辺にもいるんだなあ」と思い、クマよけの鈴などを身につけ、通勤していました。
しかし、それがあるとき、集団になって出てきました。道の脇にある工事用の資材置き場のようなところで、数匹こちらを覗き込んでいました。「わーこわ!!」でも、これはちょっと人家の近くなので、ちょっとだけ心強いのです。
それが何と今日の朝は……。
ちょっとだけ人里離れた道を走ります。そこで、風もないのに木がユサユサっと動いたのです。猿でもいるのかな??と思ってみてみましたが、勘違いだったようです。そのまま上り坂に入り、自転車の速度は遅くなっていきました。ここで、自転車のギアを一番軽く切り替えるのですが、その時、自分のまわりの木にたくさんの猿がいることに気がつきました。あわてて一気に切替をしたのですが、そのとたんに、チェーンが空回り。「ぎゃーチェーンが外れた!!」猿も人間の姿に驚いていたようですが、人間はそれ以上にあわてていました。でも、それを悟られてしまうと、もしかしたらその弱みをかぎつけて襲ってくるかも!!という恐怖感に襲われてしまいました。冷や汗タラタラで、何とかチェーンを戻し、その場をあわてて逃げ出してきました。通勤路の中で一番の上り坂。登り切ったところで、やっと息ができたという感じで、そこら中の空気を詰め込んでいました。いやいや……、驚きました。
5月3日 ゴールデンウィークは家族を連れて六合村に来た。子どもたちにもこの生活に慣れさせ、楽しみにさせていかなければならない。まずは、春を迎えたばかりの野反湖に出かけていった。ゴールデンウィークはどこも夏の陽気で、ものすごく暑かったが、野反湖では、まだ雪がたくさん残っていて、子どもたちは大はしゃぎ。景色も、何もかも感動していたようだ。「どうだ?六合村って素晴らしいところだろう??」
野反湖からおりてきて、六合村の家に着いた。長男は、春休み中に何度か掃除を手伝ってくれたが、下の子どもたちは初めての家だ。さっそく近所の1年生が遊びに来てくれて、駐車場のブランコのところで遊んだ。さっそくお友だちに慣れたようで、本当によかった。
家に入ってからは子どもたちにとって初めての雨戸を体験し、昼間でも真っ暗な部屋を楽しんでいた。長男が作った懐中電灯を使って、部屋探検をしていた。
まだ家族全員のふとんを持ってきていないので、子どもたちは初めての寝袋を体験した。これも嬉しくて、なかなか眠れないようだった。
夏用の寝袋があったので、寒くはないかと心配だったが、夏のような陽気だったので、逆に暑すぎたようだ。夜中にはみんな袋の外で寝ていた。
次の日、なかなか朝が来なかった。というのは、子どもたちが遊んだ雨戸がそのままだったのだ。いつまで経っても明るくならず、知らぬ間に7時過ぎまでみんなぐっすりと眠っていた。あわてて着替えをして、南大橋まで散歩をした。色々な虫を見つけて大喜び。カナヘビも見つけて、「飼いたい」ととろうとする始末。
その日は草津を通って、志賀高原へと向かった。ここでもたくさんの雪を見ることができたり、素晴らしい景色を堪能できた。そのまま長野を通り、前橋の家に帰った。
子どもたち、ちょっと六合村を体験できたかな??
4月28日 六合村での生活が始まりました。せっかくこの六合村に来たのですから、何かを残していかなくてはなりませんよね。少しずつここに記していきましょう。
4月1日(火)異動の辞令を頂きに役場に行く。この時は非常に緊張。でも、この緊張は、やっぱりとても言い刺激になる。これから一緒に仕事をしていくみなさんとの出会いがある。とても新鮮である。異動の喜びを久しぶりに感じていた。今回は入山小学校と六合第一小学校の統合に伴ってたくさんの先生方がこの場にいらっしゃった。私は転任者代表として挨拶をすることになってしまった。ちょっとは気の利いた挨拶を……と思っていたが、訳のわからない挨拶になってしまったようだ。失礼しました。
4月某日同じ村営団地に住む方から高菜の炒め物を頂いた。あまり好きではなかった高菜の炒め物だが、やはり、おいしかった。この人と人とのふれあいが素晴らしいです。
4月25日(金)家庭訪問最終日。今まで、自転車でこなしていた家庭訪問だが、ここ六合村では自転車での家庭訪問は全く無理である。一日目の家庭訪問が30kmを超えていた。しかし、本当に六合村の素晴らしいところを見せていただいた。本当に六合村が好きになりました。